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2026-07-29

どんな仕事をしていたかではない。いくら稼いだかでもない。あなたが、どんな人間だったか、ということだ。 子どもの頃、私はずっと、お父さんお母さんは「お父さんお母さん」なのだと思っていた。まるで生まれたときからずっと、今のままの姿だったかのように——料理ができて、仕事ができて、家族の面倒を見られる人。でも、あるとき一枚の写真を見た。写真の中の父は二十歳で、自転車に乗り、子どものように笑っていた。そのとき初めて気づいた。父になる前、彼もただの少年だったのだと。 私たちは皆、両親が「誰か」は知っている。でも、両親が「かつて誰だったか」は、ほとんど知らない。子どもの頃の親友は誰だったのか。初めての失恋はいつだったのか。若い頃、一番無茶をしたことは何か。叶わなかった夢はあったか。こうしたことこそが、一人の人間の本当の人生だ。 いつか、私たちの子どもも大人になる。私たちの写真をめくりながら、こう聞くだろう。「お父さんは昔、何が好きだった?」「お母さんは若い頃、どんな人だった?」「二人はどこで初めて会ったの?」誰も記録していなければ、その答えは少しずつ消えていく。 未来、私の子どもに知ってほしいのは、「お父さん」という肩書きだけじゃない。二十五歳で旅が好きだった人。初めての起業に失敗した人。一本の映画で一晩中泣いた人。ずっとオーロラを家族に見せてあげたいと夢見ていた人。それこそが、本当の私だから。 成功だけを残さないでほしい。本当の姿を残してほしい。失敗も、怖かったことも、後悔も、叶わなかった夢も。いつかそうした物語が、あなたの子どもに教えてくれる。お父さんもお母さんも、ただの普通の人間だったのだと。 今日、二十歳の頃の写真を一枚探して、そこに短い言葉を書き添えてみてほしい。あの頃、何を考えていたか。何が怖かったか。何を夢見ていたか。今日のためではなく、二十年後の子どものために。 私たちは次第にこう信じるようになった。誰もが、今日だけに属しているわけではない。未来にも属している。まだ生まれていない人たちに。何年か後、私たちのことをもう一度知りたいと思う人たちに。だから私たちはHomeriahを作った。未来の人たちが、私たちの写真だけでなく、私たちがどう生きたのかを、本当に知ることができるように。 いつか、あなたの子どもがこう尋ねるかもしれない。「お父さん、若い頃はどんな人だった?」そのとき、答えが静かにそこに置かれていて、開かれるのを待っていてほしい。

2026/7/29
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