#家族の歴史
- Homeriah 公式ブログ
**いつか、あなたの子どもは、あなたがどんな人だったかを知りたくなる** どんな仕事をしていたかではない。いくら稼いだかでもない。あなたが、どんな人間だったか、ということだ。 子どもの頃、私はずっと、お父さんお母さんは「お父さんお母さん」なのだと思っていた。まるで生まれたときからずっと、今のままの姿だったかのように——料理ができて、仕事ができて、家族の面倒を見られる人。でも、あるとき一枚の写真を見た。写真の中の父は二十歳で、自転車に乗り、子どものように笑っていた。そのとき初めて気づいた。父になる前、彼もただの少年だったのだと。 私たちは皆、両親が「誰か」は知っている。でも、両親が「かつて誰だったか」は、ほとんど知らない。子どもの頃の親友は誰だったのか。初めての失恋はいつだったのか。若い頃、一番無茶をしたことは何か。叶わなかった夢はあったか。こうしたことこそが、一人の人間の本当の人生だ。 いつか、私たちの子どもも大人になる。私たちの写真をめくりながら、こう聞くだろう。「お父さんは昔、何が好きだった?」「お母さんは若い頃、どんな人だった?」「二人はどこで初めて会ったの?」誰も記録していなければ、その答えは少しずつ消えていく。 未来、私の子どもに知ってほしいのは、「お父さん」という肩書きだけじゃない。二十五歳で旅が好きだった人。初めての起業に失敗した人。一本の映画で一晩中泣いた人。ずっとオーロラを家族に見せてあげたいと夢見ていた人。それこそが、本当の私だから。 成功だけを残さないでほしい。本当の姿を残してほしい。失敗も、怖かったことも、後悔も、叶わなかった夢も。いつかそうした物語が、あなたの子どもに教えてくれる。お父さんもお母さんも、ただの普通の人間だったのだと。 今日、二十歳の頃の写真を一枚探して、そこに短い言葉を書き添えてみてほしい。あの頃、何を考えていたか。何が怖かったか。何を夢見ていたか。今日のためではなく、二十年後の子どものために。 私たちは次第にこう信じるようになった。誰もが、今日だけに属しているわけではない。未来にも属している。まだ生まれていない人たちに。何年か後、私たちのことをもう一度知りたいと思う人たちに。だから私たちはHomeriahを作った。未来の人たちが、私たちの写真だけでなく、私たちがどう生きたのかを、本当に知ることができるように。 いつか、あなたの子どもがこう尋ねるかもしれない。「お父さん、若い頃はどんな人だった?」そのとき、答えが静かにそこに置かれていて、開かれるのを待っていてほしい。
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**両親に聞いておけばよかったと後悔する質問** いつか私たちは気づく。一番の後悔は、写真をもっと撮らなかったことではなく、もっと質問をしなかったことだと。 子どもの頃は、両親は何でも知っていると思っていた。大人になってからは、両親はずっと変わらないと思い込んでいた。でもある日ふと気づく。白髪が増え、歩くのが遅くなり、同じ話を何度も繰り返すようになったことに。そのとき初めて分かる。両親も、歳をとるのだと。 不思議なのは、毎日話をしているのに、本当のところはあまり知らないということだ。今日何を食べたか、天気はどうか、体調はどうか——そういうことは知っている。でも、初めて好きになった人が誰だったか、若い頃の一番の夢は何だったか、人生で一番誇らしかった日はいつか、後悔していることはあるか、誰にも話したことのないことがあるか——そういうことは、知らない。 本当に消えてしまうのは、写真ではなく、答えなのだと後で気づく。ある日を境に、もう二度と聞けなくなるからだ。 もし今日、まだ一緒に座って話せるなら、いくつか質問してみてほしい。インタビューではなく、ただの会話として。例えば—— 子どもの頃、一番幸せだった日はいつ? 子どもの頃、一番怖かったものは? 初めて自分で稼いだお金、何に使った? お母さん(お父さん)と初めて会ったとき、何を考えていた? ずっと「これは正しくやれた」と思っていることはある? 今でも後悔していることはある? もし子どもに一つだけあなたのことを伝えられるとしたら、何を覚えていてほしい? これらの質問に、決まった答えはない。でも、そのひとつひとつの答えが、家族の歴史の一部になる。 私たちはいつも、まだ機会があると思っている。次の正月に、次の休みに、次に実家に帰ったときに、また今度聞こう、と。でも、人生には「今度」がないことのほうが多い。 本当は、彼らが一番残したいのは、家でも、貯金でも、家具でもない。それは——誰かが自分を覚えていてくれること。若い頃の姿を、口にした言葉を、その人生そのものを、覚えていてくれること。 今日から始めよう。今夜、電話を一本かけるか、一緒に食事をしてみる。一つ質問をして、じっくり聞く。そして、その答えを書き留めておく。何十年か後、それはあなたの子どもにとって、一番大切な一文になっているかもしれない。 私たちは次第にこう信じるようになった。家族が本当に残すべきなのは、写真そのものではなく、その裏にある物語だと。時間ではなく、人と人とのつながりだと。だから私たちはHomeriahを作った。写真、物語、声、年表——それらすべてが一つの場所に残る、家族のためのデジタルホーム。なぜなら、すべての人生は、覚えていてもらう価値があるから。