#家族
- Homeriah 公式ブログ
**誰も、食卓を立とうとしなかった** 今振り返ると、覚えているのは食事の中身ではない。終わろうとしなかった、あの会話のほうだ。 夕食はもう終わっていた。お皿にはほとんど何も残っていない。誰かがオレンジの皮をむき、誰かがお茶を淹れていた。テレビはついたままだったけれど、誰も本当には見ていなかった。誰も席を立たなかった。まだ、そのときではなかった。 おじいちゃんが、また初めての自転車の話を始めた。みんな、初めて聞くふりをした。お父さんはいつもと同じところで笑い、お母さんは呆れたように目を丸くしながらも、笑っていた。子どもたちは最初聞いていなかったのに、気づけばいつの間にか、耳を傾けていた。 会話は、家族の会話らしく、あちこちへとさまよっていった。学校の話から、レシピの話へ。近所の話から、休日の話へ。そして、海外に住むいとこの話へ。誰も、行き先を決めていなかった。それこそが、大切なところだった。 何年も経ってから、私は気づいた。あの夜が、いつの間にか静かに消えていたことに。今では、みんな食事の時間がばらばらだ。仕事がある人、サッカーの練習がある人、別の街に住んでいる人。食卓はまだそこにある。けれど、かつてそこを囲んでいた人たちにとって、それはもう大きすぎる場所になっていた。 自分でも驚いたのは、あの「待つ時間」を、こんなにも恋しく思っていたことだ。お湯が沸くのを待つこと。誰かが最後の話を終えるのを待つこと。誰も急いで帰ろうとしなかった、あの時間を。 家族というものは、何を食べたかはあまり覚えていない。でも、食後に誰が残っていたかは覚えている。誰がもう一杯お茶を注いでくれたか。誰が「それで、それからどうなったの?」と聞いたか。お皿が片付けられる前に、誰がもう一度みんなを笑わせてくれたか。 今度、大切な人と食事をするときは、いちばん先にスマートフォンに手を伸ばさないでほしい。いちばん先に立ち上がらないでほしい。あと五分だけ、そこにいてほしい。時に、食事のいちばん良い部分は、それが終わったあとに始まるのだから。 いくつかの記憶は、食事と、さよならのあいだの時間に生まれる。食べているときでも、お祝いをしているときでもない。ただ、みんなが必要以上に、少しだけそこに留まっているときに。そうした静かな数分間は、家族写真にはめったに写らない。それでもなぜか、それこそが、私たちが一生かけて持ち歩いていくものなのだ。 【あなたへの問い】もう一度、あの家族の夕食に座れるとしたら、どの日を選びますか?料理のためではない。まだ、食卓を囲んでいた、あの人たちのために。 一つの、なんでもない瞬間。永遠に残された。
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**いつか、この家は静かになる** 子どもの頃、私たちはずっと、家はこのままの姿でい続けるものだと思っていた。 学校が終わって帰ると、玄関にはいつも明かりが灯っていた。台所からは夕飯の匂いがした。テレビではいつもの番組が流れ、父はソファでニュースを見て、母は「手を洗ってご飯にしなさい」と呼んだ。そうした光景は、空気のようにあたりまえで、だから私たちは、それがいつか終わるとは、一度も考えたことがなかった。 やがて私たちは大人になり、家を出て、それぞれ違う街へ行き、自分の生活を持つようになった。実家に帰るたび、家はまだあの家のままだと感じていた。ただ、自分が帰る回数が少し減っただけだと。ところがある日、帰ってみると、食卓が小さくなっていることに気づいた。テーブルそのものが小さくなったのではない。そこに座る人が、少なくなっていたのだ。あんなに賑やかだった家が、静かになり始めていた。 父はもう、食事のときに私のお椀におかずを取り分けてはくれない。私があまり帰らなくなったからだ。母は相変わらず食卓いっぱいに料理を並べてくれるが、いつもこう言う。「食べきれないから、明日また温めるね」と。あの聞き慣れた物音は、少しずつ、少しずつ減っていった。 そうしてやっと気づいた。家とは、決して建物のことではない。家とは、共に暮らした人たちのことだ。台所の鍋や食器のことだ。食卓に響く笑い声のことだ。あなたの帰りを待って灯されている、あの明かりのことだ。そうした物音が少しずつ消えていくとき、家という建物はそこにあり続けても、家はもう、変わってしまっている。 私たちはいつも、まだ機会はあると思っている。今度また一緒に食事しよう。今度またゆっくり話そう。今度また家族写真を撮ろう、と。けれど人生でいちばん残酷なのは、それが決して教えてくれないということだ。どの一回が、最後の一回になるのかを。 もし今夜、まだ実家に帰れるのなら、スマートフォンにばかり目を落とさないでほしい。少しの間、そばに座ってあげてほしい。もう何度も聞いた話を、もう一度聞いてあげてほしい。たとえ聞いたことがある話でも。なぜなら、いつかあなたは、その話をもう一度聞きたいと強く思うのに、二度とその機会がないと気づくから。 今日は、写真を撮るだけにしないでほしい。一分間だけ、音を録ってみてほしい。母がご飯だよと呼ぶ声。父がお茶を淹れる音。子どもがリビングを走り回って笑う声。いつかそれらの音は、写真よりずっと大切なものになる。 後になって私たちは気づいた。多くの人が、一生分の写真を残していながら、家の音は何一つ残していないのだと。あの何でもない夜も。いちばん本当の暮らしも。だから私たちはHomeriahを作った。何年か後、あなたがここをもう一度開いたとき、写真だけでなく、あの家の音まで、もう一度聞こえるように。 いつかあなたは、あの懐かしい家にもう一度足を踏み入れるかもしれない。カーテンは同じ色のままで、テーブルも同じ場所にあり、日差しも同じように差し込んでいる。ただ、あなたの帰りを待っていたあの人は、もうそこにはいない。 だから、もし今日、まだ家に帰れるのなら、どうかきちんと一緒に食事をしてほしい。そして、心を込めてこう聞いてほしい。「今日はどんな一日だった?」と。時に、ごくありふれた一言が、後になって、いちばん大切な思い出になる。
- Homeriah 公式ブログ
**最後の、なんでもない一日** その日が、最後の「なんでもない一日」になるとは、誰にもわからない。 人生最大の変化は、たいてい、これ以上ないほど普通な午後に起きる。今日は、昨日と何も変わらない。いつも通り起きる。いつも通り仕事に行く。いつも通り両親に電話する。いつも通り子どもと夕飯を食べる。すべてがいつもと同じだから、明日もきっと同じだろうと思う。でも、人生はそういうものではない。 後になって人生を振り返るとき、私たちはたいてい、それが何曜日だったか、何時だったか、何を食べたかは覚えていない。本当に覚えているのは、後になって初めてその大切さに気づいた瞬間だ。 あれが、おじいちゃんと過ごした最後のお正月だった。でも、そのときは誰も知らなかった。あれが、母が最後に学校まで送ってくれた日だった。私はただ、歩くのが遅いと文句を言っていた。あれが、子どもが最後に手をつないで道を渡った日だった。その後、子どもは大きくなり、二度と手をつながなくなった。あれが、家族全員が食卓を囲んだ最後の日だった。数年後、誰かが別の街へ引っ越し、誰かが別の国へ渡り、誰かが永遠にいなくなるとは、誰も思っていなかった。 後になって、私たちはいつも同じことを言う。「あのとき知っていたら……」あのとき知っていたら、もっと写真を撮っただろう。あのとき知っていたら、あの話を最後まで聞いただろう。あのとき知っていたら、あんなに急いで立ち去らなかっただろう。でも人生でいちばん悔しいのは、私たちがいつも、後になってからしか気づけないということだ。 だから、特別な日を待たなくていい。旅行も、誕生日も、定年も、子どもが大きくなるのも待たなくていい。今日は、もうすでに記録する価値がある。なぜなら何年か後、今日こそが、あなたが戻りたいと願うその日になっているかもしれないから。 今夜、なんでもない小さな出来事をひとつ、書き留めてみてほしい。お父さんは仕事から帰ると、いつものように鍵を玄関の小さな木のトレイに置いた。お母さんは夕飯を作りながら、長年好きな曲を口ずさんでいた。子どもがこっそり、あなたの茶碗ににんじんを入れた。今日は、どれも少しも特別に思えない。でも二十年後、それは「家」の味になる。 私たちは次第に気づいた。本当に残す価値があるのは、結婚式や卒業式、旅行のような特別な瞬間だけではない。むしろ、誰も大切だと思わなかった、普通の日々のほうだ。人生はハイライトの連続でできているのではなく、無数の「なんでもない今日」でできているから。だから私たちはHomeriahを作った。あなたが「帰りたい」と思ったとき、ここが、あの最も普通で、いちばん温かい日々へ、あなたを連れ戻してくれるように。 今日は、何も特別なことが起きないかもしれない。でも、だからこそ、覚えておく価値がある。いつかあなたは気づくだろう。終わらないと思っていたあの普通の日々は、もう静かに過ぎ去っていたのだと。そして、あなたが一番恋しく思うのは、まさにそれらの日々なのだ。
猫茶昨日にママにこの人形買ってもらって気に入っています。ピンクと緑と青と黒があります。黒と青はお姉ちゃんなのであんまり触ってません。