誰も説明できなかったレシピ 紙に書き残されるレシピもある。でも、いちばん大切なレシピは、決して紙には残らない。 毎年、旧正月になると、家族はみなおばあちゃんの家に集まった。食卓は決して上品なものではなかった。お皿はどれも揃っていなかった。全員が座れるほどの広さもなく、誰かは必ず折りたたみ椅子に座り、誰かは必ず遅れてやって来て、誰かは夕食が正式に始まる前に、最後の一つの餃子にそっと手を伸ばした。騒がしくて、あたたかくて、それでちょうどよかった。 みんなが毎年楽しみにしていた一品があった。高価でもなければ、手の込んだものでもない。本当の名前を知る人さえいなかった。家族の間ではただ「おばあちゃんの鶏肉」と呼ばれていた。タレは甘いけれど、甘すぎることはない。生姜は入っているけれど、決して主張しすぎない。鶏肉はいつも柔らかかった。どれだけ多くの人が試しても、あの味には二度とたどり着けなかった。 「おばあちゃん、これどうやって作るの?」と誰かが聞くたび、彼女はいつも微笑んでこう言った。「これを少し。あれを少し。いい匂いがしてきたら出来上がりよ」。彼女は何も計らなかった。何も書き残さなかった。その必要はないと思っていたのだろう——結局のところ、みんな、来年もまた彼女が作ってくれると思い込んでいたから。 そしてある年、彼女はもういなかった。それでも家族はいつも通り集まった。同じ部屋。同じ食卓。同じ茶碗。誰かが台所で古いノートを見つけた。中には買い物リストや電話番号、「植物に水をやること」というメモが書かれていた。けれど、レシピはどこにもなかった。 娘は必死に思い出そうとした。醤油はスプーン二杯くらいだったか、それとも一杯か。誰かは蜂蜜が入っていたと言い、別の誰かはずっと黒砂糖だったと言い張った。みんなで一緒に台所に立ち、笑い合い、言い争った。夕食ができあがったとき、全員が一つのことだけは認めた。これは、おばあちゃんの鶏肉じゃない、と。 何年も経った。そのレシピそのものは、少しずつ大切さを失っていった。その代わりに、その裏にある物語のほうが、大切になっていった。今でも、旧正月になると、家族は自分たちなりの「その料理」を作る。味は毎年、少しずつ違う。誰かが必ずこう言う。「おばあちゃんなら、もっと違うふうに作ったはずよ」。そして、みんなが微笑む。その一瞬だけ、まるで彼女がまだ台所にいて、静かにみんなを正してくれているような気がするから。 家族が記憶を失うのは、一度に起こることではない。それは小さな形で、少しずつ消えていく。誰にも真似できない声。ほかの誰も口にしなくなった口癖。餃子を包むときの手つき。食卓を整えるときの癖。誰よりも先にスープを一口味見する、あの瞬間。そんな、ごくありふれた習慣が、一つ、また一つと、消えていく。 今日、家族の誰かを誘って、一緒に台所に立ってみてほしい。レシピが必要だからではない。いつかあなたは気づくはずだ。本当に残しておきたかったのは、そのレシピそのものではなかったのだと。それは、あの手だった。あの笑い声だった。一つひとつの工程のあいだに交わされた、何気ない会話だった。 私たちはよく、記憶は写真の中に生きていると思いがちだ。たしかにそうであることもある。けれど同じくらい、記憶は書き残されなかったレシピの中に、夕食の途中で語られた物語の中に、ごくありふれた台所に響く声の中に、生き続けている。Homeriahは、家族が残してくれるものが、大きな節目だけではないことを願っている。静かに家族の歴史となっていく、美しくもごくありふれた瞬間こそを、残してほしいと願っている。 何年か後、あなたの家族の誰かが、台所に立ち、古い木のしゃもじを手にして、愛した誰かがどうやってあの何でもない一皿を作っていたのか、必死に思い出そうとするかもしれない。その味を、まったく同じように再現することは、もう二度とできないかもしれない。それでも、もしあの笑い声を、生姜の香りを、午後の日差しがテーブルに差し込んでいたあの様子を、まだ覚えていられるのなら——きっと、いちばん大切な部分は、まだ何も失われていないのだ。

2026/7/30
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