あの住所は、もう「家」ではなくなった 二十九年間、 私は 両親の家の住所を 覚えようとしたことがなかった。 ただ…… 知っていた。 それは記憶よりも深いところに 住んでいた。 自分の名前みたいに。 誕生日みたいに。 誰かに聞かれれば、 考えなくても 書けた。 通りの名前。 番地。 郵便番号。 届いた手紙は すべてそこへ。 誕生日も。 お正月も。 帰るたびに。 ある春、 両親は引っ越すことにした。 望んでいたわけじゃない。 ただ、 階段がつらくなってきた。 庭が広すぎた。 冬が長すぎた。 四十年分を 段ボール箱に詰めた。 最後の夜、 私は部屋を一つずつ歩いた。 自分の部屋は空っぽだった。 本棚の跡が 壁に薄い四角を残していた。 台所の時計は もう外されていた。 その瞬間、 この家は 初めて 音を失った。 一週間後、 オンラインのフォームを埋めていた。 現住所。 空白のボックスを見つめた。 数秒後、 指は 何も考えずに 旧住所を打っていた。 そのとき初めて気づいた。 もう、 誰もそこには住んでいない。 どれほど胸が痛んだか、 自分でも驚いた。 建物がなくなったからじゃない。 心のどこかが いつでも戻れると 思い続けていたから。 数か月後、 昔の町を車で通り過ぎた。 カエデの木は まだそこにあった。 郵便受けは黒く塗り直されていた。 子どもたちの自転車が かつて私たちの自転車が 止まっていた場所に 止まっていた。 誰かが 玄関から 食料品の袋を抱えて入っていった。 誰かが、 私たちの記憶が始まった場所で、 新しい記憶を作っていた。 家というものの不思議なところは そこだと思う。 消えない。 ただ、 私たちなしで 続いていく。 今は 誰が住んでいるか 知らない。 でもときどき、 「どこの出身ですか?」と聞かれると、 最初に頭に浮かぶのは やっぱり あの古い住所だ。 きっと 「家」とは、 私たちの心が 最後まで 手放すことを渋る場所なのかもしれない。 書き留めて 今夜、 あなたの子ども時代を かたちづくった住所を 書き留めてみて。 郵便のためじゃなく。 記憶のために。 写真を一枚添えて。 そこに住んでいた人たちの名前を書いて。 いつか家族の誰かが 一切の始まりを 知りたいと思うかもしれない。 Homeriahからのメッセージ 住所は変わる。 家族は引っ越す。 街は年を重ねる。 でもどの家族にも、 静かにその「第一章」になった 場所がある。 Homeriahでは、 そういった場所は 記憶される価値があると信じている。 特別だったからじゃなく、 あなたのものだったから。 この問いかけ あなたの人生にあった家の前に、 五分間だけ立てるとしたら、 どの家を選ぶ? 中に入るためじゃなく。 ただ…… そこに住んでいた頃の 自分を思い出すために。

2026/8/1
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