
父の工具箱は、道具のためのものじゃなかった
先月、家を売った。値段をつけられなかったものが一つだけあった。六年間、一度も開けていない、錆びた赤い工具箱。
買主の仲介業者が、それは含まれるのかと聞いてきた。理由を考える前に、含まれないと答えていた。
引き出しの半分には、まだ父が養生テープに手書きした文字が貼ってある。ラベルなんて必要ないようなものにまで——「ネジ(小)」「ネジ(大)」「何に使うか分からないもの」。最後のそれを見て、私はガレージの床に二十分間座り込んでしまった。
父は職人ではなかった。三十四年間、保険を売っていた。でも毎週土曜日、必ず、家のどこかが「直す必要がある」ことになった。本当に必要かどうかは関係なく。そしてガレージに消えていった。作業台に置いたコーヒーは、毎回、飲まれることなく冷めていった。
修理そのものが目的だと、ずっと思っていた。違った。それに気づいたのは、私が三十歳になった年、父が四時間も車を運転して、私のアパートのドアノブを交換しに来てくれた時だった。あんなもの、取り付け済みで六ドルで買えるのに。
父は本当はドアノブを直したかったわけじゃなかった。私のアパートで二時間過ごしたかっただけだ。何も大事なことは話さずに、私が道具を手渡し、父がうなずいたり首を振ったりする。その沈黙の中で、私たちは実際の言葉よりも多くのことを、お互いに伝え合っていた。
工具箱の中には、1987年に買ったドリルが入っていて、今もまだ動く。ハンマーが三本。どれが気に入っているのか、父はいつも忘れてしまっていたから。コーヒーの染みがついた芝刈り機の説明書もある。その芝刈り機は、私が高校生になる頃にはもう家になかった。
どれも価値のあるものじゃない。でもそのすべてが、父が書かなかった日記に一番近いものだ。
今、その工具箱は私自身のガレージに置いてある。開けずに。父が望んだであろうそのままの形で——飾りとしてではなく、いつか土曜日に、静かな部屋に逃げ込む口実が必要になった時のために。口が覚えられなかった言葉を、手に語らせるために。
いつか息子が、なぜ一度も使わない工具箱を取っておくのか聞いてくるだろう。その時までに、床に二十分座り込まずに答えられるようになっていたいと思う。
2026/8/27