
息子の空っぽの部屋に、私は一時間立ち尽くした
息子は火曜日に大学へ旅立ち、水曜日までに、私は過去五年間を合わせたよりも多く泣いていた。それが恥ずかしかった。何ヶ月も前から、みんなに「もう覚悟はできている」と言い続けていたから。
覚悟なんてできていなかった。ただ、その時はまだ気づいていなかっただけだ。
―――
息子の部屋は まだ 彼の匂いがした。
洗濯洗剤と、
その年から つけ始めた 香水が 混ざった あの特有の匂い。
私はそこに 一時間立っていた。
何もせずに、
ただ かつて誰かがいた 部屋の中に 立っていた。
今は 彼の不在だけが、
家具の周りに きちんと 並べられている。
―――
ベッドは きちんと 整えられていた。
出発前に 彼が 自分で整えたものだった。
十八年間、
一度も 自分から そんなことは しなかったのに。
私はそこに立って、 理解した。
これが 彼の別れの 挨拶だったのだと。
玄関での あの抱擁ではなく、
整えられたベッドが。
かつてこの家に 住んでいた 自分自身のために、
彼にできる 最後のことだった。
―――
最後の日について誰も教えてくれないこと
みんなが話すのは
そこまでの道のり、
彼の荷物を 片付けること、
駐車場での ぎこちない抱擁。
誰も教えてくれない、
帰り道の 四時間、
一人で、
かつて床に 彼のリュックが 置かれていた車で、
ラジオから 彼のひどい 音楽の趣味が 流れていた車で、
彼の声が
こちらが聞く どんな質問にも 答えていた。
ただ 彼の声を 聞きたいがために。
誰も教えてくれない、
助手席が
これまで運転した中で 最も うるさい沈黙に
感じられることを。
―――
空っぽの部屋が本当に意味すること
私はずっと
空の巣とは 喪失を意味すると 思っていた。
あの部屋に立って、
もっと具体的な 何かを 意味すると 理解した。
それは
十八年間の、
うまくやり遂げた 仕事を 意味する。
すべての手料理、 すべての学校の送り迎え、 門限をめぐる すべての喧嘩、
そのすべてが、
まさにこの瞬間へと 向かって 築かれていた。
離れていくことができるほど 有能な息子。
それこそが
すべての目的 なのだ。
たとえ誰も
その目的全体が
これほど 悲しみのように 感じられると
警告して くれなかったとしても。
―――
ホメリアから
子どもをうまく育てるとは、あなたから離れられるように訓練することだ。空っぽの部屋で感じる痛みは、あなたが正しくやり遂げた証だ。
―――
記憶のプロンプト
お子さんがすでに家を出ているなら、その空っぽの部屋について驚いたことを一つ書き留めよう。まだ出ていないなら、いつかその時が来たとき、その部屋にどんな匂いがしていてほしいか書いてみよう。
2026/8/24